2009年 02月 19日

パフォーミングアートとやら

前回の続きみたいな感じになりそう。

大学時代からわりといろいろ見ているほうだとは思うのですが、
最近の好き嫌い(嫌いというか、あえて見ないもの)はこんな感じか。

好き
・言葉が少なく、意味が深いもの。意味があるもの
・緩急の付いた演出のもの
・ハッピーエンドなもの
・自分の力量を誇示しない、あるいはさりげなく誇示している
・伝統に支えられているか、伝統をうまくアレンジしているか

あえて見ないもの
・肉体美系、力技系、アクロバット、身体芸術系。つまりシルクなんちゃらのことか
・「全米熱狂!」「欧州制覇!」というフレーズがCMにあるもの
・超絶技巧の羅列
・押しつけがましい
・暗い

学生の頃は、シルクみたいな、メニューすべてが油滴る肉料理みたいなアクトで、
ストーリーが暗くても興味本位で見られたのですが、
どうもこのところ、ヨーロッパ系の暗さがあるショーが苦手になってきたようで、
「楽しみに来てるのに、そんなに心をえぐるのよ?」みたいに思うんです。
最後がハッピーエンドならまだいいんですが、そうでもないものも多いですし。

 歌舞伎って、暗い演目の場合でも、最後に(大詰め、と言われる部分)
 チョンと木が入って舞台が明るくなり、登場人物がわさわさ集まって大団円、
 みたいな演出が多く、救われる思いになる。

 ちょっと話がずれるが、杉浦日向子先生の漫画「百日紅」の中でのこんな話。
 葛飾北斎の娘・お栄が、大名の奥方の依頼で地獄絵図を描いたところ、
 毎夜屋敷に鬼が出るようになってしまった。
 それを聞きつけた北斎が、お栄が描いた地獄絵図を見たところ、
 一つ大事なものが欠けていることに気づく。
 北斎はそれを書き加えると、「もう鬼は出ないでしょう」と言い、実際鬼は出なくなった。
 北斎が描いたのが、観音様とそれにすがる亡者の絵。
 いくら地獄絵図といえども、「救い」がなければいけない、という。
 
 北斎はお栄に向って「お前は後始末がなってない」と言うのであるが、
 まさにこの「後始末」が重要だと思うわけです。舞台芸術にも。映画にも。
 
おととしあたり何度か見た、中国の変面。
不思議ではあるが、5回変化したぐらいで飽きてしまう。
不思議は、プロセスを持って不思議であってほしい気がする。

イリュージョンだらけのショーは、プロセスを持っていても、これはちょっと違う。
非常に例えが悪いと自分で認めるが、
アダルトビデオみたいなもので、「結果一緒じゃん」みたいな気がする。

そんな私に最近やさしい芸能が、落語だったりする。
シンプルで、緩急があって、笑いがあって、涙があって、実にワクワクする。
やはり、ベテランのものが良い。故人を含めて。
15年かけて一周して、いろんなものを見聞きして、元に戻ってきた。
やっぱり自分はこれが好きだと気付く。

あと、深夜のお笑いは一時的な鎮痛剤として有効。
エンタはとことん面白くなくなったが、まだほかにも面白い番組はたくさんある。

来週はずいぶんと回復したらしい立川談志の独演会。
これはとても楽しみである。
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by pocket-xiao | 2009-02-19 21:37 | 雑言タハゴト


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