2007年 03月 30日

東京午前零時

桜、見に行こうか。

誰かのなんとなくの一言で、夜中の花見へ。
麹町から北の丸公園を抜けて、武道館、靖国神社(←もちろん徒歩)。
武道館から田安門へ抜ける直前に、八分咲くらいの桜の木がありました。
白熱球の街頭に照らされて、その真上には月が見えて、
これはなかなか、いや、とっても素晴らしい。
撮影時間、3月29日午前零時零分。

夜中の武道館。
敷地内には誰も居なくて、しぃんとしていて、
まだ少しだけ寒さの残る、きりっとした空気が漂っていて、
その状況には・・・参った。
ひとりだったら、たぶん何時間でも桜の下でぼんやりしてると思う。

色とりどりにきらきらした真夜中の東京にも、
こんなにシンプルな色合いの風景がある。
そしてそれをほぼ独り占めできている。
なんて贅沢なんだろ。

これはたぶん、今年最高の花見。

夜中の北の丸公園も、これがまた素晴らしく良いものでした。
スーツじゃなかったら芝生の上ごろごろ転がりたかったな。
疲れたり、いらっとして、そのストレスの行き場に迷ったとき、
夜中の公園は、いいかもしれない。
ただ、ひとりじゃ怖くて行けないな・・・。

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3回目の桜の時期を迎えた当「わらわら」。
過去2年の桜の記事(抜粋)をあわせてどうぞ。

2006.4.6

天気予報で「桜散らしの雨」という言葉を多く聞きましたが、
どこかの天気予報のお兄さんは
「桜流しの雨」といっていて、それがとても印象に残りました。
散る、よりも綺麗な表現だと思いまして。

 「花が咲き乱れる」という表現は一般的に使われますが
 以前、言語学者かアナウンサーが
 「乱れる、という言葉は、綺麗に咲いた花には不本意な言葉ではないか」
 というようなことを言っていた。
 確かに。彼ら、彼女らは決して「乱れ」てはいなのだもの。
 正しくは「花が咲き誇る」「咲き盛る」でしょう。

2005.4.7

さくらは偉いと思います。
自分で咲く時を知っているから。
咲いて、散って、夏が過ぎて秋が過ぎて冬が過ぎて、
その間ずっと、次に咲く時を待ち、咲くための準備をして、
また同じ頃に、綺麗な花を咲かせるのです。

自分で咲く時を知る。
そしてそれが誰からも愛される。
これって人間じゃ真似できない気がします。
咲きたくても、ひとりでは咲けないし、
咲いても、誰も見てくれないかもしれない。

さくらはそれを1年に1回、必ずやっている。

そして
さくらは散るからこそ、短い花の時間、とても愛される。
次に咲く時を待ってもらえる。
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by pocket-xiao | 2007-03-30 23:15 | いとし、しほらし、かはいらし


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