2007年 06月 20日

坊主憎けりゃ

袈裟まで憎い。

そんな感じの会話が、隣で繰り広げられています。
ターゲットとなっているのは、以前私の会社で経営をしていた、あるショップ。
2年前に、新進気鋭のライバル社に持って行かれたお店です。
そこが、来年また、コンペに出されるらしい。
どうやら噂によると、経営が変わってから、うまくないらしい。
で、また取り返そうなんていう動きがあるわけです。

新しい企画書を書くために視察に行ってきた、その報告会が
隣で開かれています。
その会話が、現状の批判の連続だったので、表題のように思ったわけです。

確かにそのライバル社の存在は、ちょっと疎ましい。
大手の元にひっそり隠れて、大物をかっさらっていく。
でも、その会社のショップコンセプトや、実際の構成は結構好き。
私にも、私の会社にもない、とても良いもの、良い世界を持っているから。
だから、ひたすら「あれは駄目」「ここが悪い」なんてばかりを、言えません。

ライバル社は、私の会社がやっていたショップを見て研究したうえで
今のショップを作ったに違いないわけで、
そこには「非」と「容」があったはず。
だったらこっちも「非」ばかりじゃなく「容」も見つけなければならないのでは?と。
他人を非難した、とげとげした感情からよりも、
他人を褒めることからのほうが、自分の中身も伸ばしやすいんじゃないか?と。

そんなことを思いました。

どうも私の会社はひとりがのろしを上げると、誰も水をかけずに
むしろみんなでのろしを上げてどんどん熱くなってしまう。

というか、そのショップに4年居た私を差し置いて、ショップの話をしようなんざ、
そこがまずおかしいんじゃない?とも思うわけですよ。
現場を見ていない人間が現場を語るのは、非常に危なっかしい。

まぁ、私はのろしあげ大会には参加したくないので、
きっとこれでよいのです。
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by pocket-xiao | 2007-06-20 13:10 | 今日ノ出来事


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