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2007年 06月 23日

歌舞伎もまた、良かろうかと

先日名古屋で見てきた歌舞伎のはなし。

1度見ているはずなのに、最後まで話の内容全然思い出せませんでした。
「あれ?そうだったっけ?」みたいな。
私が勝手に見た気になっているだけなのか・・・?

ともかく。
市川右近が良かった。とても良くなっていた。
彼は勢いでせりふを言うような感じなので、実に聞き取りづらかったのですが
今回はそういうのが無かった。
だいぶ、座長・猿之助の指導を受けたと見える。
最後の幕の12役早替わりも、猿之助より体力がある故か、
歌舞伎座よりも箱の尺が短いことゆえか、なかなか早くてよかった。
見せ方にもう一工夫だなー・・・マンネリ化しがち。

全体的に思ったのは、
一座の主要メンバーが、それぞれ、「ひとりの役者になった」ということ。
というのは、猿之助が健在なときは、「猿之助ひとり勝ち」みたいな部分があって、
猿之助プラスその他大勢、というイメージだったのです。

  最近お芝居に関しては「水槽と魚」という考え方が自分の中で流行ってまして、
  水槽(水がはいった状態)というのは演出家、または主演。
  魚は全ての役者。
  
主演をはっていた時の猿之助は水槽であり、かつ一番大きな魚であったわけです。
で、その他の役者は、大きな魚に隠れて(守られて)泳ぐ小魚。
それが猿之助が倒れて、表舞台に立てなくなったらどうなったかというと、
いわゆる「スイミー」状態になったわけです。
小魚が集まって、誰かが目(代役主演)になって、大きく見せるしかなかった。
そして「演出家」となった猿之助という水槽の中で
「座長がいなくても、こうやってがんばっているんです!」
と、アピールするしかなかった。
多くの人は同情したし、納得したと思う。
実際私はその公演を見て、感動したものです。素晴らしかった。

ところが、「やはり」というか、
世襲が幅を利かせる世界の中で、ほとんどが養成所出の役者という「スイミー一同」は
だんだんと他の大きな魚たちに追いやられてしまったのです。
どんなにいい役者であっても、生まれながら背負った看板の大きさだけは変えられない。
悲しいけど、そうやって400年、この芸能は守られてきたという事実。

そのスイミー一同が2年経って、帰ってきた。
さてはて、どうなったかと・・・。
まだ、大きな魚、となる役者はいません。
でも、主要な役者はみんな、おいしく食べられる大きさまで成長していました。
まだまだ、脂がのって食べごろとまではいきませんが、活きは良いです。
きっとみんな、水槽の中で泳ぎながら、いろいろ考えて考えて、不安に思いながらも、
自分が幼魚から育ってきた水槽の中の養分を、それまで以上に
ひたすら摂取したに違いない。
水槽もきっと、大きな魚を引き上げた代わりに、
その水の中に、たくさんの栄養を放出するようにしたと思う。

無性に嬉しくてね。
9年間見続けてきて、ここにきて新しい段階に入った感じ。
一時期は「もうだめだろう、きっと散逸するか埋没するかしかない」と
スイミーたちの行く末を思ったものですが、
もちろんまだまだ、まだまだですが、かつ、看板の大きさは変えられないのですが、
これからの展望に期待が持てるような気がします。
間違いなく市川右近がその鍵を持っているわけで、
その右近が良い感じに伸びてきたので、うん、これは行けるんじゃないかと。
長い目で見よう、みんな、まだ若いのだから。

個人的に気になる「市川笑子」さんは、今回も素っ頓狂な役でしたな。
(三国志シリーズの宦官役はすごい当り役だったわ・・・忘れられない程に)
着実に配役写真は大きくなってきているので、もう少しかな。

10月は三越歌舞伎で一座が出ます
東京での長期公演はおそらく2年半ぶり。
今から楽しみです。
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by pocket-xiao | 2007-06-23 12:12 | いとし、しほらし、かはいらし


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