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2007年 09月 16日

言い訳は言い訳は

歌舞伎の掛け台詞(2人で掛け合いながら言う台詞)に
ある特定の人を責める際に使う
「サァサァ、言い訳は」
「アノ、言い訳は」
「言い訳は」
「言い訳は」
「言い訳は言い訳は、エェ、言い訳は」
という、お決まりの台詞がある。
大抵この後は、責められている人は折檻されるか、殺されるかする。

↑これは余談。

しかしどうもあ(安)の人の言い訳は歯切れが悪い。
論点がぼやける、主語が散逸する、結論が見えない。
私はそんなにしっかりと会見を見てはいなくて、
ニュースショーでダイジェストで見た程度であるが、
会見のどこをどう切り取っても、言葉の羅列だけであって、
結局何を言いたいのか、が、分からない。

  文章でも、音声でも、重要なフレーズや心を打つフレーズというのは
  意識しなくても目に耳に飛び込んでくるものです。
  私は、文章の内容を読む前の、ぱっと見の字面の並びを見た瞬間に
  「この文章は面白い/面白くない」というのを何となく感じるのですが
  大体、そのインスピレーションは合ってます。
  要素は漢字とひらがなとカタカナのバランスや、改行くらいだと思うのですが
  「面白いかも、読みやすそう」と思ったものはそうだし、
  「難しそう、意見あわなそう」と思ったものも、そう。
  耳から聞く文章も、同じだと思う。

あの人も、状況説明を大事にするのは天晴れお見事かもしれないが、
言葉の選び方が下手なのか、組み立て方が下手なのか、
読み方?話し方が悪いのか。
「この人の話を聞こう」とは思わせてくれない。
文章を書いているのは本人ではないだろうから、
そうしたら、いいブレインに恵まれなかったことを後悔すべきだろう。

今まで聞いた中で、最もかっこいい言い訳は、
横綱千代の富士(今の九重親方)が引退会見で言い切った
「体力の限界」
これにつきる。
あんなに強くかっこ良い千代の富士が真っ赤な目でそういうのだから、
もう、こちらは何も言えないし、もうそれ以上何も言わせたくない。

言葉は、短くても、十分にちからを持つ。
長い言い訳を考えることは簡単、でも、1個の言葉の魂のちからが薄れる。
だったら難しいが、短い言い訳を考えてはどうだろう。
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by pocket-xiao | 2007-09-16 02:48 | 雑言タハゴト


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