2008年 11月 12日

「ジャーナリスト」

今日、TBSで筑紫哲也さんの追悼番組をやってた。
鳥越俊太郎、田原総一郎、立花隆といった同胞や女性キャスターが並び、
筑紫さんの功績を振り返るというシンプルな内容であったが、
出演者それぞれの筑紫哲也への愛が強く感じられ、非常に良い番組であった。

バランスの良いジャーナリストだった、と思う。
追悼番組の中でもそういう意見があった。
どこまでをキャスターとし、どこからをジャーナリストとするかの境も曖昧だが、
例えば久米宏や古館伊知郎は若さゆえなのか、
報道内容の「受け入れたいもの」「受け入れられないもの」をはっきりと分けてしまう。
時に感情的になったり、個人的な思想も言葉の端々に見られたりする。
(たまーにそれが問題になったりするわけで・・・)
別にそれが良いとか悪いとかは思わない。
それも含めてニュースショーというものが成り立っているのだと思う。

筑紫さんは、取り合えず「全部受け入れる」、
そして「何が悪いのか」「何で悪いのか」「何が良いのか」「どうすべきなのか」を
角のない言葉で涼やかな口調で語ってくれる。
それはとても説得力があって、心地よい。
まるで悟りを開いた宗教者のような気もする。

古臭く、新しい方だったのかな、と思う。
大戦、戦後というものをずっと引きずりながら、
今一番新しい日本を受け入れて、さらに先の日本を見つめていたはず。
憂いながら、喜びながら、怒りながら、期待しながら。

これからも日本が、日本人がどんどん変わっていく中で、
それを「冷静に」受け入れ、行く先を「静かに」指し示してくれるような、
そういう大人がメディアにいてほしい。
筑紫さんのような大人が。

癌という病気の怖さを改めて知る。
職場の同僚の父親は、癌の発覚から1週間で亡くなってしまったという。
人の体をじわじわと蝕む。卑怯なことに、見えないところで。
番組の中で取り上げられた筑紫さんの日記は、
あんなに達筆な方なのに、今年の8月頃に書かれた文字は、
見ていて辛くなるほど乱れ、言葉も短くなっていた。

過去の今のそしてこれからのジャーナリスト、ニュースショー、日本と日本人、
そういうものの在り方を改めて思い起こさせてくれるような、
大事な日本人ジャーナリストの死であった。
ご冥福をお祈り致します。
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by pocket-xiao | 2008-11-12 02:04 | 今日ノ出来事


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