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2010年 05月 29日

会いたくなる

今週もややマイナス気味で終了。
深く沈んではないけど、もうちょっとすれば空気が吸えそうな水面下を
すぅーっと進んでいる感じ。
仕事では言いたいこと言って喧嘩もしたし、
気持ちよく喧嘩したので、後でクサクサせずに済んだし、
踊りのお稽古には妙に集中できたり、
立川談志の新刊を手に入れて、前作よりも面白かったり。
総じて悪くはなかった。
そうしておこう。

最近やたらとよく聞く曲がありまして。
ちょっと前の曲ですが、
宇多田ヒカルの「Prisoner of love」と
ミスチルの「HANABI」が。

2曲に共通しているのは、
人生において大事な人に出会えた感動とか感謝とか、歌っているということ。

prisoner of love
 退屈な毎日が急に輝きだした
 あなたが現れたあの日から
 孤独でもつらくても平気だと思えた

 ありふれた日常が急に輝きだした
 心を奪われたあの日から
 孤独でもつらくても平気だと思えた

HANABI
 さよならが迎えに来ること
 最初からわかってたとしたって
 もう1回もう1回
 もう1回もう1回
 何度でも君に会いたい
 巡り会えたことでこんなに世界が美しく見えるなんて
 ・・・君に心からありがとうを言うよ

人と出会うこと、その人を知ること、惚れ込むこと、
また、会いたいと思うこと。
そんなにたくさんの人に対して心を寄せることはできないし、
私は不器用だから伝えることが下手だけど、
でも最近は一個人として、伝えるべき人には、伝えるようにしている。
誤解の生まれない「好き」を言える人になりたい、と思うのです。

今週はHANABIを聞いて、「何度でも君に会いたい」のフレーズで
毎回泣けてきちゃうくらい、誰かに会いたかったみたいです。
別に愚痴ったり、泣きついたりしたいわけじゃなくて、
たぶんその人に会うだけで、自分は十分にハッピーになれるので、
ただ、会いたいだけ。

ちなみにHANABIのこのフレーズも好き。

 考えすぎで言葉に詰まる
 自分の不器用さが嫌い
 でも妙に器用に立ち振る舞う
 自分はそれ以上に 嫌い

20代前半は、器用な鉄人みたいな人になりたいと思ってました。
で、なれると思ってました。若気の至れり尽くせりです。
器用な鉄人はかっこいいと思うけど、
人としてのかわいらしさとか、弱さみたいな不器用な部分もまた、
その人を美味しくする調味料みたいなものだと思うのです。
調味料だけじゃ、食えんけど。

抱負。
来週こそはプラス着地を目指して、ゆらゆら頑張ります。
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by pocket-xiao | 2010-05-29 00:12 | 言の葉コトダマ
2007年 12月 05日

つないで、て

ちょっと前に出た曲ですが、一青窈の「つないで手」が心にじんわり来る。

彼女自身、少し前に同じ業界のプロデューサーとの不倫が報じられ、
それまで結構彼女の歌が好きだった私は、えらく幻滅したものです。
誰かを好きになるのはいいけど、人のものは、やはりよくない。
彼女の歌はいいかもしれないが、そういう生き方は、よくない。
そう思って、「彼女自身に対して」幻滅したのです。
歌に罪は無い、と思う。
しかしまぁ、テレビはおもしろおかしく、彼女の歌詞を取り上げて
「この部分が彼女の気持ちを表している」とかなんとか言っていた。
それが本当かどうかはわからないが、
そういう歌詞の取り上げ方は、いただけなかった。

そんなことがあってしばらくしてから出た曲が「つないで手」。
まず、タイトルがちょっとかわいい。彼女お得意の摩訶不思議さ。
そしてPVで見て、なんだかじんわりときた。
PVは、歌う一青の周りをたくさんの手袋をはめた手が囲み、
その手が一青の動きのすべて操っている、というもの。
座っている彼女をマネキン人形のようにポーズをつけてみたり
料理など生活のシーンをすべて手取り足取り、たくさんの手が操っている。

人はたくさんの手に囲まれて、たくさんの手に助けられている、という事実。
彼女がそんな意味を込めたかどうかも、
PVのプロデューサーがそういう意味付けをおこなったかどうかも、わからない。
これは私が勝手に思ったこと。

「あなたから あなたから つないで手」
と最後の歌詞にある。
つなぐ手は、一つでいい。
誰か一人がつないでてくれれば、きっと満足、安心するのだろうな。
ただ、その周りに、つないでいなくてもたくさんの手がある。
そんなことをふと思わせる、「つないで手」は幸せな曲なのだと思う。
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by pocket-xiao | 2007-12-05 01:02 | 言の葉コトダマ
2007年 06月 06日

「おつかれさま」

チオビタのCMだったかな。
こんなフレーズ。
 
  日本人は「疲れ」に
  「お」をつけて
  「さま」までつけて
  その労をねぎらっている

心に残りました。

普段「おつかれさま」は口癖みたいに使ってしまって
「お」と「さま」をつけるほどの、感情の動きが無いのです。
ほとんどの人がそうでしょう、きっと。
口癖とか、あいさつとか、社交辞令とか。

このCMを耳にする度、
「お」をつけて「さま」までつけて・・・と思い出す度、
「おつかれさま」を大事にしたい気持ちになります。
相手の疲れに気付き、気遣き、または共感し、そして労る。

「おつかれさま」を
「お」をつけて
「さま」までつけて労ってあげたい、たくさんの人へ。
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by pocket-xiao | 2007-06-06 01:07 | 言の葉コトダマ
2007年 02月 24日

自己責任だってば

仕事と趣味の両立について、ちょっと言いたいこと。

私は
「仕事が忙しいことを理由に、趣味をおろそかにしない」
ということを心がけています。
もちろんどうしようもなく仕事が忙しいときっていうのもあって、
そういう場合は趣味を全くのゼロ値にしてしまう。
要は、中途半端な状態になっているのが、嫌。

仕事:趣味=100%:100%
または
仕事:趣味=200%:0%
ということ。

手品にしても、踊りにしても、遊びにしても、例えば恋愛をするにしても、
やるならちゃんと。
仕事以外に趣味を持つ、ということは、
その趣味に対して責任を負うことだと思うし、
それが他人を巻き込んでのものならば、なおさらだ、と思う。
責任を負えないのならば、手を出すべきではない、と思う。

自分のキャパシティーを知ること。
または、自分のキャパシティーに限界を見つけ、諦めをつけること。
または、自分のキャパシティーを広げ続けること。

私は仕事で忙しくてどうしようもなくなると、
ある歌のフレーズを思い出しては「ん。がんばる。」という気持ちになります。
もうずいぶん前の曲だと思うけど。

  自分で決めたことだから たぶんひとりでも平気さ
  
そ、自分で決めたことだから。
それで忙しいなら、仕方ないじゃない。なんとかなるさ。なんとかするさ。

あとは前にも紹介した、槇原敬之の「遠く遠く」。

  いつでも帰ってくればいいと 真夜中の公衆電話で
  言われたとき笑顔になって 今までやってこれたよ

  どんなに高いタワーからも 見えない僕のふるさと
  なくしちゃいけないことをいつでも 胸に抱きしめているから

あとはオペラ「トスカ」のアリア、「歌に生き、恋に生き」。
(これは説明すると長いので割愛)

ナルシストではないと思いますが、
前向きに忙しくバタバタと頑張っている自分、いちばん自分らしいです。
テンパる時、落ち込むときは、ひとりがいい。
負のパワーは他人に向けて発してはいけないものでしょ。
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by pocket-xiao | 2007-02-24 00:45 | 言の葉コトダマ
2006年 12月 22日

「誰のために雪は降る」

冬になると聴きたくなる曲。
10年以上うろ覚え状態が続いていましたが、
最近ようやくCDを買いました。

いかんせん、クリスマスに別れる恋人たちの歌なので
クリスマス直近に書くのも縁起が悪いんじゃないかとか
まったく余計なことを考えた挙句、
どー考えても自分には関係ないので、取り上げます。

この曲を歌う崎谷健次郎については、
前に一度「あじさい」という曲で紹介してます。
「誰のために雪は降る」は
私が中学生の頃?もしかしたら小学生だったかもしれませんが
とにかくかなり前に出たアルバムの中に入っています。
オリジナルアルバムはとうに廃盤になり、
中古で探さない限り手に入りそうにないシロモノです。
んー・・・聴きたいなぁ・・・と思ってたら、
3年前に出たベストアルバムにちゃっかり収録されていました。

  あの道の街路樹に 電飾が飾られて
  一年のうちでは一番 ロマンチックな夜
  そんなに哀しい目で 僕を見ないでおくれ
  街中が浮かれているのに 落ち込みすぎてるふたりさ

  君のために 僕のために
  雪が降れば 忘れられる
  昨日までの思い出など
  真っ白に消してくれる きっと

街路樹に電飾、浮かれた街、哀しい目・・・
ベタなドラマみたいな歌いだしとサビなんだけど、
2番の歌いだしは印象に残る。
それこそ小学生か中学生ぐらいの私が10年以上も覚えていたぐらいに。

  バーゲンのポスターが ショーウインドーに貼られて
  恋人たちは 愛しさにも 値段を付け合うよ

この歌詞で思い出すのが、どこの国の美談か忘れましたが、
「夫は美しい髪を持つ妻のために、懐中時計を売って櫛(髪留め?)を買い
妻は夫のために、髪を売って懐中時計用のチェーンを買った。
用意したプレゼントはお互い不要になってしまったが、
それでも夫婦はプレゼントを喜び、とても幸せなクリスマスを過ごした」
という話。
子供心に、なんていい話なんだ!と思っていたので、
「愛しさに値段を付け合う」というのが「ふぅん・・・そういうものなのかぁ?」
とか、思ってました。(ただのマセガキだったのかも・・・?)
たぶん、プレゼントの値段、以上の意味があるんだろうなぁ、と。

今書きながら考えたら、
「価値」という単語に差し替えたら、ちょっとしっくり来るのか。
価値観の「価値」。
生きていくうちでいろいろと必要な要素があって、
その中で愛とか恋とかを、どれだけ高い位置につけるかは個人個人で違う。
さらに恋愛のいろんな段階や状況で価値観は変わってくるし、
そういう価値のつけ方の差、その押し付け合いを「値段をつけあう」と歌ったのかな。

あー、なんか小面倒くさくなってきた。
ガラでもないね。

前にも書いたことがありますが、
クリスマスとかバレンタインとか、本来の意味を失ってしまったイベントも含め、
日本人のイベント好きは、良いことだと思っています。
「きっかけ」があると、人間は何かをしようと思うでしょ。
「クリスマスだから、会いたい」とか
「バレンタインだから、告白する」とか
いわば「言い訳」みたいなものだけど、
何かしらプラスに向かおうとする「きっかけ」だから、立派なものだと思う。

  君のために 僕のために
  雪が降れば 忘れられる
  白い息をそっと吐いて
  I say "good bye" and "merry Christmas"

  誰のために 誰のために 雪は降るの?
  誰のために 誰のために 雪は降るの?

冬の失恋は、雪が足跡を消すように、忘れてしまおう。
・・・たぶんそんな感じ。  

あぁ、やっぱガラじゃなかったw
でも、この歌すごく好きなんだな。
きっと来年の冬も聴くと思う。
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by pocket-xiao | 2006-12-22 00:02 | 言の葉コトダマ
2006年 11月 30日

ひらがな、ことば。

劇作家の木下順二氏が先月末に亡くなられていたことが
今日になって公表されました。

氏の代表作に「夕鶴」という作品があります。
昔話の「鶴の恩返し」を基にした、とても美しいお芝居です。

私がこのお芝居に出会ったのは、高校の現文(現国)の授業中に読んだ、
現文の資料集でした。
「夕鶴」の一文が数行載っていて、
その数行がとても印象に残って、
すぐに図書館で木下順二全集を手に取りました。

  青年・与ひょうはある日、傷ついた鶴を一羽助けた。
  その後、「つう」と名乗る女性が与ひょうの家を訪れる。
  つうは「織っているところを覗かないように」という約束で
  美しい織物を織り上げ、与ひょうはそれを売って、二人は幸せに暮らしていた。
  やがてつうの織物に目をつけた与ひょうの仲間が、
  高値で買い上げるから織物を作ってほしい、と与ひょうに要求をする。
  与ひょうは儲け話に喜び、さっそくつうにそのことを話す。

  布を織るんだ、高く売れるぞ。たくさんお金がもらえるんだ。
  宝物だって、たくさん手に入る。
  そう興奮して話す与ひょうにつうは戸惑い、問い質す。
  
  「わからない、あんたの言っていることがまったくわからない。
  おかねってなぁに?
  たからってなぁに?
  あたしのほかに必要なものがあるの?
  あたしはあんたがいれば、ほかに何もいらないのに・・・」

  それでもつうは布を織り始め、与ひょうはそれを覗いてしまう。
  そこにいるのは、自分の羽を抜いて、
  弱っていきながら機織機の前で織り続ける、一羽の鶴だった。
  出来上がった布を置いて、つうは去っていく。
  布を抱きしめながら、与ひょうはひとり涙に暮れた。

国語の資料集に載っていたのが、かぎ括弧で囲んだ部分。
だいぶ年月が経ったので、記憶も曖昧になっているが、
8割方、表記も含めて合っていると思う。

つうのことばには、おかね、たから、漢字でもいいものを、ひらがなが多い。
(他も、全体的につうのことばにはひらがなが多い)
それがつうというキャラクターすべてなんだろうな、という気がした。
このフレーズが、とにかく強烈に心に響いた。
そしておそらく「夕鶴」全体で、最も強烈な一文なんだと思う。

後に2度見に行った坂東玉三郎と渡辺徹による「夕鶴」でも、
私はやっぱりこの一文が気になって仕方なかった。
玉三郎の人間離れした美しさと渡辺徹のあったかい与ひょうは
キャスティングとしてはこの上なく、とても素晴らしかったが、
残念ながら、台詞があまり心に残らなかった。
女形の口調では、限界があったのか、
原文に対する私の思いが強すぎたか。

氏が亡くなったことで、「夕鶴」は多くの人が演じるようになるのだろうか。
(今までは氏が認めた2人だけが、公につうを演じることを許されていた。
ひとりは山本安英(故人)、もうひとりが坂東玉三郎)
氏がひらがなに込めたつうのことばに、
誰かが命を吹き込んであげてほしい。
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by pocket-xiao | 2006-11-30 23:41 | 言の葉コトダマ
2006年 11月 20日

「頂だい」

新潟県出身で笹川美和というアーチストがいます。
いわゆるシンガーソングライター、って肩書きがつく人です。
たぶん、同年代だと思います。

彼女の存在を知ったのは、NHKの「トップランナー」という番組でした。
普段はほとんど見ない番組なのですが、
(なんでって、同年代で活躍しているって、嫉妬しちゃうんだなぁ・・・)
一生懸命歌っている女の子がふと気になって、
ちょっと聴いたことある声だったし、そのまま見てた。

どうやら同郷人らしい、ふむ(その時点で3割増しぐらい)。
その「ちょっと聴いたことある」というのが、
ジュースのCMで流れていた曲で、
後々知ったことだけど、そのタイトルは「笑」だったりした。
(この時点でさらに2割増し)

番組の後半では「金木犀」という歌について、話がされていた。
細かくは覚えていないんだけど、司会者の女の人が

「歌詞は全体的に、女性の強い強い恋愛の気持ちを描いているんだけど、
そこに出てくる”頂だい”という言葉が、
そこだけがとっても子供っぽくて、かわいらしい」

というような感想を言っていた。
最近なってCDを買って、読んでみたら、確かにそんな感じ。
強くて、重くて、でも「頂だい」なんて甘えてみたりする。

  金木犀の香りに 
  あなたの香りを重ねて  
  二度と戻らぬと承知で
  涙し恋 焦がれる

  あなたがため あなたが好き
  池ができるほどの涙
  あなたがため あなたが好き
  星の紅を口に塗った

  あぁ 頂だい
  愛 頂だい
  頂だい 
 
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by pocket-xiao | 2006-11-20 00:08 | 言の葉コトダマ
2006年 10月 08日

ぐっときた

コブクロがベストアルバムを出したそうですが。
・・・・・。
それ自体は別に、私の中ではたいしたニュースではなかったのですが、
そのCMがとても良くてですね、なんだかぎゅーっと心をつかまれた気分。

真っ黒な画面。
流れているのは「さくら」。

その画面に白い文字で

  せっかく
 
  忘れかけたのに

  ラジオがコブクロなんか

  流すから

と、文字が並ぶ。
ただ、それだけ。

それだけで、充分。
コブクロを聴きたくなったもの。
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by pocket-xiao | 2006-10-08 23:08 | 言の葉コトダマ
2006年 08月 19日

雷が鳴る前に

昨日は青森では早朝と夕方に大雨が降りました。
本当にバケツをひっくり返したかのような雷雨でした。
遠くにある台風の影響だとか。

「雷が鳴る前に」

槇原敬之の、これもかなり前の曲です。
「遠く遠く」と同じアルバムじゃないかな。
当時中学生だったと思いますが、
とても印象深く、歌詞も鮮明に覚えてました。

突然の雨に降られた彼は、想いを寄せる女の子に
公衆電話から電話をかけようとする。
「おぼえたての君の番号 もう そらで言えるかな」

 次の雷が鳴るまでに 数を数えたあの頃は
 まだ 君を好きになるなんて思わなかった
 雷鳴が記憶の邪魔をするけど なんとか思い出すよ
 こういう気持ち セツナイ というのだろう 
 
 「そっちも雨が降ってるの?
 ほら、また今、空が光った」
 ごめん いざとなると急に照れてしまう

 「次の雷が鳴る前に言って」と君が笑う

 例えば紙くずを投げ入れたり 横断歩道を渡るときに
 何かひとつルールを決めて 願いをかけたりしてる

 だから 雷が鳴る前に僕の想いを全部言うよ
 雨をよける傘よりも君が大切なんだ
 こんなにびしょぬれだけど 雨宿りしている気分だよ
 もう少しだけ 僕と話していて

雷が光ってから、音が鳴るまでの秒数に何かの数字をかけると、
それが現在地と雷の位置との距離だと、子供の頃に聞きました。
その式があってるのかはよくわかりませんが、
子供の頃は深く信じ、「雷が鳴るまで、数を数えて」いました。

そういう思い出があって、この歌詞に親近感を持ったんだろうと思います。

雷が光ってから鳴るまで、じっと耳を済ますという緊張感。
長くなったり、短くなったり。
その度にドキドキしたり、ホッとしたり。

そんな特殊な時間を、場所の離れた2人が電話越しに共有する。

彼女の「次の雷が鳴る前に 言って」というのが、一番好き。
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by pocket-xiao | 2006-08-19 23:36 | 言の葉コトダマ
2006年 07月 01日

トリハダ

相変わらずMTV生活をしているわけですが
(でも最近仕事が忙しくなったので、あまり家にいません・・・)
この前、自宅作業をしながら見るともなくつけていた時、
気が付いたら釘付けになっていたアーチストがいまして。

アンジェラ・アキ
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この前出たFF(もはやいくつかわからん・・・)のテーマソング歌ってた人!
といえば「ああ」と気が付いてもらえることと思います。
一番新しい「THIS LOVE」という曲ですが、
曲そのもの云々というより、歌っている姿にものすごく惹かれました。

PVは
白い部屋の中で小ぶりなピアノを前に弾き語りをしている
という、いたってシンプルで
しかも、ジーンズにスニーカー
という、これまたいたってシンプルないでたち。

ピアノを弾いている、というより、ピアノと歌っているという感じでしょうか。
声を出すのと同じように、ピアノから音が出る。
体が動くのと同じように、指が鍵盤を叩いてる。
集中力というか、迫力というか、気迫というか、とにかく迫ってくるものがある。
心に響くものがある。
あと、純粋に「歌がうまい」。

  最近思うのですが、
  「歌がうまい」「歌がへた」というのは、技術よりも気持ちなんじゃないかと。
  人目やカメラを気にせずに自分のスタイルで歌う人って、
  心がこもっている様な気がするもの。
  そうすると、うまい/へた以上に、聞き手に届くものがあるように思う。
  だから、歌番組なんかでカメラを意識しすぎる人は
  なんだか嘘吐きのような気がしてしまう。

「THIS LOVE」は、歌詞自体はごく一般的なラブソングなのだけど、
とにかくアンジェラ・アキの歌のうまさと歌う姿に感動。
PVが終わったときに
「あれ、いつの間に見入ってた?」と我に返るくらい惹き込まれていました。

アルバムが出たようなので、今度ちゃんと聞いてみようかと。
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by pocket-xiao | 2006-07-01 23:55 | 言の葉コトダマ