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2008年 11月 30日

おつかれさまでした

仕事がらみっぽい話。

11月30日で0系新幹線が定期運転から引退しました。
ネットで動画ニュースを見ながら、ちょっとほろっとしちゃいました。
誕生して44年間、日本の高速輸送の土台を支えてきた、
あの丸鼻の可愛い顔の車両が、ついに一線を退いたのです。
おつかれさまでした、と心から思います。
同時に、時代の移り変わりを感じざるを得ない出来事でした。

新幹線は今でこそ、スピード重視の流線型のものが主流で、
西も東も、ぬめっとしたデザインの車両に変わってきていますが、
やはり新幹線、といえばあの丸い先頭車両が印象としては強いです。
(ちなみに、あの丸鼻は飛行機の頭部分を参考に作られたらしい)
仕事柄、写真や実物で車両をたくさん見ていますが、
やはりあの可愛らしさは特別です。日本らしいとも言えるのでは。

0系の新幹線のことは、デビュー当時「夢の超特急」と呼ばれていたそうです。
新幹線が旅行にもビジネスにも一般的になった今、
「夢の超特急」なんていかにも昭和のフレーズだけど、
当時いかに期待を背負わされていたかが分かります。

仕事場にも、頭部分だけ(後ろが切断されている)の0系があります。
随分古くから、この状態で展示保存されてるらしい。
私はこの頭だけの車両からものすごく強い念を感じてしまい、近寄れないのです。
胴体を半分以上切られた状態で、展示室の端っこにいるもんで、
切ない上に目立たなくて、なんだかかわいそうに思ってしまうのです。
今度は丸々1両を展示するとかしないとか、という噂もありますけど。

さすがにそこまでの鉄ヲタではないので、来月の記念運転を見に行ったりはしませんが、
(ちょっと行きたいとは思ったけどね・・・)
感謝と慰労の思いでラストランを見守りたいと思います。
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by pocket-xiao | 2008-11-30 23:55 | いとし、しほらし、かはいらし
2008年 11月 28日

思い出し話

今回の内容はこの前ふと思い出した、ただの私の脳内記憶の記録です。
あしからず。容赦ご容赦。

母方の祖父には、茶飲み友達が3人いた。
というか、たぶんもっといたのだけど、私が覚えているのは3人だけ。
夕方になるとふらっと現れ、小1時間ばかり世間話をして帰っていく。

ひとりは「チョイロさん」と呼ばれていた。
おそらくチョイロさんは祖父よりも年上だったと思う。
白髪で色白の、いつもニコニコしていたおじいさんであった。
後から知ったこととして、チョイロさんは大変なお金持ちだったらしい。
戦後、町の中心部ににできた歓楽街一帯の地主さんだったらしい。
今は小さなスナックが何軒かある程度だけど、
私が子供の頃はまだ、その辺りに映画館があった。
ちなみにそこで見た唯一の映画が「ドラえもん・のび太のリトルスターウォーズ」である。

チョイロさんはパチンコが大好きで、
茶飲みに来るときは大体がパチンコ帰りだったようで、
いつも景品のお菓子を持ってきてくれた。
景品のお菓子といっても、明治生まれのおじいちゃんが選ぶものだから、
「カルミン」や「サイコロキャラメル」やら、古臭いものが多かった。
それでもおやつがもらえると言うのは、子供心に嬉しかったもので。
祖父もパチンコが好きだったから、もしかしたらパチンコ仲間だったのかもしれない。

チョイロさんの次によく来ていたのが、「高橋さん」と呼ばれていた、
背の高い、ガタイの良い、物腰の柔らかいおじさんだった。
この方はどういう人だったかはよく覚えていないが、
祖父が亡くなった時に、いち早く駆けつけて、泣いてくれたのを覚えている。
祖父が亡くなった後も、お線香を上げにたまに来ていたのを覚えている。

もうひとりが、「皆川さん」と呼ばれていた、ふとんやさんのご隠居だった。
皆川さんは、頭頂部に髪の毛がなかったが、横と後ろの髪を伸ばして、
それを頭頂部で結っていた。つまり、ちょんまげを結っていたのである。
鬢付け油ではなかっただろうが、なにかしら髪に塗って、きちんとしていた。
それでいていつもスーツを着て、自転車に乗ってやってきていた。
ちなみに、母親の実家の布団、私の実家の布団、今私が寝ている布団は
全てこの皆川さんのお店で綿を打ってもらったものである。

という、本当に記憶の記録でした。
なぜかこの間ふっと思い出して、「あぁそんな人が居たなぁ」と
ひとりでしみじみしてしまいました。
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by pocket-xiao | 2008-11-28 23:32 | 雑言タハゴト
2008年 11月 27日

その時

歴史が動いた(NHK)、の11月26日放送分が秀逸であった。
歴史番組は相当気分が乗らない限りは普段は見ないのですが。

この日は豊臣と徳川の最後の戦いとなった大坂夏の陣を描いた
「大坂夏の陣図屏風」を取り上げ、いかに夏の陣が悲惨な戦いであったかに注目をし、
徳川の勝利の裏側を浮かび上がらせていた。
私はこの「大坂夏の陣図屏風」というものの存在を初めて知ったし、
こんなに悲惨な柄の屏風も初めて見た。

大阪城天守閣に保存されているこの六曲一隻、二双の屏風の右隻には合戦の様子、
それも大将の様子が中心となって描かれ、
この部分は一般的な合戦図屏風の様相。
左隻は、合戦に破れた豊臣氏の城下に住む民衆が、
徳川氏の雑兵によって惨たらしい目にあっている様子が描かれている。
首を切られ放置された遺体、その遺体にすがって泣く女の姿、
逃げようと川に飛び込むも溺れて流される大勢の人、
家財や着物を略奪される老人、襲われる女たち、さらわれる子供たち。
まるで地獄絵図のような屏風絵である。

番組の中では、ピカソの代表作であり、同じようなテーマである「ゲルニカ」になぞらえ、
この屏風のことを「戦国のゲルニカ」と呼んでいた。

ひどく心が揺さぶられるような気がしました。
私は大坂夏の陣は豊臣側の自害によって割と平穏無事に終結したものだと思っていた。
徳川の勝利の裏にあった、必要以上の虐殺や略奪は、
下級武士が徳川から扶持や石高をもらうために行ったものであったらしい。
罪のない民衆の首や血が、徳川の家臣の大名を支えたと思うと、
平和だと言われる江戸時代も、血なまぐさい始まりだったと言うしかない。

この屏風を残したのは、福岡藩初代藩主の黒田長政と言う大名らしい。
黒田長政は徳川秀忠の家臣として大坂夏の陣に参戦し、
目の当たりにしたこの惨劇を、後に絵師を集めて描かせたのだという。
徳川の目に触れれば反逆とも取られてしまうような内容であるが、
黒田長政はキリシタン大名だというから、懺悔の気持ちで描かせたのかもしれない。

大坂夏の陣図屏風は大阪城天守閣にて年に数回、公開されているらしい。
(普段は複製が公開されているとのこと)
重要文化財というにはもったいない歴史的価値の高い作品、
これはぜひ見に行かなくてはならないと思った。
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by pocket-xiao | 2008-11-27 00:20 | 今日ノ出来事
2008年 11月 20日

今年は初日登場

仕事でバタバタしてましてどうも。
ついに部下の「有言不実行男」がクビになりそうです。まず確定。
今、皮一枚でぷらんぷらんしてます。
そんなことで、急きょ求人の手配などで、久々のレイト残業してました。

 事件は私が休みの日に起きたらしい。
 有言不実行男はその日現場に遅れて行ったらしいのだが、
 その理由があまりにも嘘くさいことを不審に思ったスタッフが私に報告し、
 (実際その理由は嘘だったわけで)
 スタッフに嘘をついたことに私が腹を立て、本人に問い質した後、上司に報告。
 実は彼の意味不明な遅刻はこの1ヶ月で3回目で、さすがに上司がキレた。
 即日呼び出して解雇通告。
 本人にも勤務継続の意思が見られないので、
 あとはいつさよならするか、上の決定を待つような状態。

んー、まぁ、彼の勤務態度では、どこに行っても同じなんじゃないかと思うが。
単純作業は極真面目にやるのだけど、ふらっといなくなって、しばらく行方不明になる。
どうも喫煙室にこもってしまっているらしい。
基本、携帯電話を放置しているので、電話しても出ない。
何よりも、有言不実行なので困る。

しばらくは忙しくなりそうだなぁ・・・。
年末年始を迎えるまでに片ぁつけなきゃ。

は、ともかく。

今週末、大学の学園祭です。
去年は仕事が忙しくて行けなかったのですが、今年は出演します。
ただ、今年は学園祭最終日に他で祭(フェスティバルというよりはカーニバル?)があり、
そちらに行かなければならないので、学園祭は初日のみ出演します。
毎年最終日の最終ステージをOB連で賑やかすのが恒例でしたが、
今年はそれができず、ちょっと残念ではあります。
身内と一般客が程よく入り混じったあの狭い空間が大好きです。

ほぼ1年ぶりに、コンテスト手順をきちんとやります。
そしてほとんど練習できてません(あちゃー・・・)。
まぁ、がんばります。

今週末のイベントが終わったら仕事に縛られそうな気がするなぁ。
なので一生懸命遊ぶことにする。
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by pocket-xiao | 2008-11-20 23:45 | 雑言タハゴト
2008年 11月 18日

仮面舞踏会

少年隊に非ズ。

フィギュアスケートのフランス大会のハイライトを見ました。
浅田真央のフリーのプログラムがそりゃぁもう素晴らしく、圧巻、感動。
ジャンプのミスが多く成績は2位でしたが、
もしあのプログラムをパーフェクトに滑ることができたら、
一体全体何点のジャッジが付くのだろう?と思ってしまうほど。
特に後半のステップの振り付けは息を呑むほど。
スケーターのレベルの高さを証明するような、
そしてスケーターの魅力を最高に引き出せるプログラムなのではないかと。

その曲が、「仮面舞踏会」。
とても良い曲だと改めて思いました。
しかしひとりで滑るフィギュアスケートでは、非常に難しい曲。
いかんせん曲が「大きい」(スケールというか)。
それでも曲負けしてなかった浅田真央はすごいと思いました。

 マジックでもそうだけど、フィギュアスケートでも曲負けってよくある。
 または規定の時間内で無理矢理収めようと、原曲の良さを無視した超絶編集とか。
 そのフランス大会で「トッカータとフーガ」で滑ったフランスの選手がいましたが、
 その編曲たるや酷いものでした・・・。

今回は2位でしたが、次の大会ではもっと完成度の高いものを見られるものと
大きく大きく期待することにします。

浅田真央が2005年に演じた「くるみ割り人形」はいまだに強く印象に残っています。
「この子はなんて楽しそうに滑るんだろう」と思って、
感動して泣きながら見てしまいました。
その後の「月の光」も良かった(確かいつぞやブログに取り上げた気がします)。
そして今年。
曲もプログラムも過去最高。あとは技術次第というところ。

今年は高橋大輔が欠場なのが残念・・・。
彼の「魂が踊っているような演技」がとても好きなのですが。

いつもテレビで見ているわけですが、実際リンクで見てみたらどんなもんだろう?
と、最近は興味深々です。
一度は行ってみようと思ってます。
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by pocket-xiao | 2008-11-18 00:57 | いとし、しほらし、かはいらし
2008年 11月 16日

このプチ不調の原因

今週に入ってから、ちょっとした不調が続いている。
具体的には、数年ぶりにぜんそくの発作(軽いけど)が出て、
通勤の10分足らずの自転車が苦しくてしょうがないのだ。
しかも毎朝だから困る。

確かに、季節の変わり目は危ない。
秋から冬へ、冬から春への変わり目が一番危ないのは自分でも良く分かる。
でも大体1,2回の発作で終わるんだけどな・・・?

と、不思議に思っていたら、原因と思われるものを昨日発見。
それは自分の肩にあったりした・・・!

週明けにひどく首が痛い日があって、寝違えでもないようなので、
とりあえず首に貼り薬を施した。
その貼り薬が、いわゆる「インドメタシン何倍」というやつで、
7枚入って1000円近くもするシロモノ。
始めて使ってみたが、じわじわと浸みる感じで良いものでした。
翌朝には首の痛みもひき、よっしゃよっしゃと思っていたのに、
1日置いたら今度肩が痛い。なので今度は肩に貼ってみる。

・・・を繰り返していたのだけど、どうもこの貼り薬が喘息の原因らしい。
確かに、注意書きには「喘息を起こしたことのある方は使用しないでください」
と書いててある。
せっかく良い貼薬なのにねぇ・・・残念。
なので、またなんてこともない安物の湿布に戻しました。
そしたら慌ててはがした次の日はちょっと調子が良かった。
発作が軽く済んだ。やっぱりそういうことなのか。

たぶん完全完治まであと3日~1週間。
なるべくおとなしく過ごします。 
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by pocket-xiao | 2008-11-16 00:26 | 雑言タハゴト
2008年 11月 12日

「ジャーナリスト」

今日、TBSで筑紫哲也さんの追悼番組をやってた。
鳥越俊太郎、田原総一郎、立花隆といった同胞や女性キャスターが並び、
筑紫さんの功績を振り返るというシンプルな内容であったが、
出演者それぞれの筑紫哲也への愛が強く感じられ、非常に良い番組であった。

バランスの良いジャーナリストだった、と思う。
追悼番組の中でもそういう意見があった。
どこまでをキャスターとし、どこからをジャーナリストとするかの境も曖昧だが、
例えば久米宏や古館伊知郎は若さゆえなのか、
報道内容の「受け入れたいもの」「受け入れられないもの」をはっきりと分けてしまう。
時に感情的になったり、個人的な思想も言葉の端々に見られたりする。
(たまーにそれが問題になったりするわけで・・・)
別にそれが良いとか悪いとかは思わない。
それも含めてニュースショーというものが成り立っているのだと思う。

筑紫さんは、取り合えず「全部受け入れる」、
そして「何が悪いのか」「何で悪いのか」「何が良いのか」「どうすべきなのか」を
角のない言葉で涼やかな口調で語ってくれる。
それはとても説得力があって、心地よい。
まるで悟りを開いた宗教者のような気もする。

古臭く、新しい方だったのかな、と思う。
大戦、戦後というものをずっと引きずりながら、
今一番新しい日本を受け入れて、さらに先の日本を見つめていたはず。
憂いながら、喜びながら、怒りながら、期待しながら。

これからも日本が、日本人がどんどん変わっていく中で、
それを「冷静に」受け入れ、行く先を「静かに」指し示してくれるような、
そういう大人がメディアにいてほしい。
筑紫さんのような大人が。

癌という病気の怖さを改めて知る。
職場の同僚の父親は、癌の発覚から1週間で亡くなってしまったという。
人の体をじわじわと蝕む。卑怯なことに、見えないところで。
番組の中で取り上げられた筑紫さんの日記は、
あんなに達筆な方なのに、今年の8月頃に書かれた文字は、
見ていて辛くなるほど乱れ、言葉も短くなっていた。

過去の今のそしてこれからのジャーナリスト、ニュースショー、日本と日本人、
そういうものの在り方を改めて思い起こさせてくれるような、
大事な日本人ジャーナリストの死であった。
ご冥福をお祈り致します。
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by pocket-xiao | 2008-11-12 02:04 | 今日ノ出来事
2008年 11月 10日

行楽の秋でしょ

急に寒くなりましたな。
秋ってこんなに急に寒くなるものだっけ?という感じです。
ついに今日は電気ストーブを出してしまいました・・・。

先日大学時代の友人8人で箱根に行ってきました。
箱根といえば大学の保養所があるので、これまで何度も行っていますが、
そういや「満喫した」ってこともなく、やることと言えば

①部活の一年間を何となく決める会議
②ロビーにある卓球
③近くにあるしょぼんな水族館とゲーセンへ行く
④酒の買出し
⑤飲み(←メイン)
⑥⑤の片付け

こんなところか。そしてぐったり帰宅。
温泉?どうだか。
保養所の風呂が温泉ならば、一応入ったことにはなりそう。

乗り物尽くしな旅でした。
小田急→箱根登山鉄道→ケーブルカー→ロープウェイ→船→バス→ロマンスカー
いちいち鉄道グッズが気になる、職業病な私。
95%は知ってる業者のものだったのでそんなに物珍しいものは無かったけど。
特にケーブルカーとロープウェイが楽しかった。
大涌谷に向かうロープウェイからの、最初紅葉交じりの絶景から一転、
一山越えた向こうに広がる、硫黄が噴出す裸山は圧巻でした。
大涌谷で黒卵を食す。こういう食べ物の縁起物って好き。

芦ノ湖ではド派手な海賊船に乗ってみる。
特等船室に乗ったら、ちゃらっとした海賊風?コスプレ船長がいて、写真撮影。
こういうバイトは日給いくらぐらいなんだろうか・・・?と思ってしまう。
この遊覧船は実に良かった。快適。

箱根湯本まで戻り、温泉に浸かる。
駅降りて右側を見上げるとある、あの妙な名前の温泉です。
コインロッカーが有料だったこと以外は特に不満も無く、
ぬるめのお湯だったのでのんびり浸かっていられました。

帰りがけに風祭駅前にあるビール蔵にて夕ご飯。
かまぼこや練り物が感動的にうまい。
かまぼこの値段ってピンきりだけど、高いものは高いなりにやっぱり美味しいんだと思う。
8人でざくざく食べて、けっこうあっという間に食べ終えた感じ。

帰りはロマンスカーで。VSEに乗りたかったなぁ・・・。
22時20分頃に新宿帰還、出発から13時間半ぐらいなのに、
1泊旅行をしたくらい充実した内容でした。
一人旅も好きだけど、ひとつの話題で盛り上がれる8人というのも良いものでした。
まぁ8人とも毎年上記①~⑥の箱根を体験してきたので、
そういう共通ネタを持っていたのが特に面白かったかな。

また次回もぜひ。
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by pocket-xiao | 2008-11-10 00:27 | 今日ノ出来事
2008年 11月 03日

検定終了

受けてきました江戸文化歴史検定。
3級と2級併願で、2回試験を受けてきたわけですが、
自己採点の結果、3級は取れてるみたいです。
2級は9問正解足りず、撃沈しました。
まぁまた来年受けまさぁ・・・。

言い訳がましくも、今回は完全に準備不足。勉強不足。
公式テキストを買わず(←これが一番の敗因のような気がする・・・)、
身の回りの資料だけで何とかしようとか思ったのが甘かったですなぁ。
やるぞやるぞと言いながら、勉強したの実質1週間ぐらいで、
江戸時代260年間のおおまかな流れすら、大学受験の記憶が戻らないままだった。

 ていうか自分の、大学受験前の日本史の暗記っぷりが凄まじかったことを
 10年の歳月を経て再認識。
 当時の問題集、書き込みも印もほとんどついていなくて、
 自分流の使い方でのそれは「覚えている、分かっている」ということなので、
 実に多くの歴史上の単語・人名を覚えていたことになる。
 ・・・自分やるねぇ。

来年はもうちょっとまじめに、時間を取ってやります。

ネックとしては、私、非常に幕末が苦手でして。

そもそもなぜ江戸時代に興味があるかというと、
リアルと虚像がいい感じに混ざり合っている加減が好きだからなのです。
まだ写真がない時代、記録も誇張や栄華や差別などに左右され、
本当かどうかも分からないけど妙に事細かだったりするのが良い。
「ホントかよ!?」って思わず突っ込みたくなる加減。
そこいくと幕末は、もう記録もばっちり、写真もばっちりの時代で、
しかも複雑で、外国人も絡んできたりするから、もう訳が分からん。
想像の余地が狭い、というのか。

なので、今年は幕末は平然とパスしてしまった結果、
2級の後半に連続出題された幕末に関する問題が全滅に近い状態でした。
サービス問題的なのも2,3問あったのにねー・・・それすら分からないという。

来年は幕末も含めて。しかしこの苦手意識をどうしたらいいもんか・・・。
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by pocket-xiao | 2008-11-03 17:09 | 今日ノ出来事